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人生の達人
第一テサロニケ5:16~18

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

9年連続200本安打を達成した大リーガーのイチロー選手は、野球の達人です。聖書に登場するキリストの使徒パウロ先生は、人生の達人だと思います。理不尽な目にあい、何度もむちを打たれ、投獄される逆境の中でさえ、神に祈り、神を賛美する生き様は、すごいなーと感動します。逆境の中でも、造り主なる神を賛美し祈る力は、どこから来るのでしょうか。その秘訣が、今日の聖書の箇所にあると思います。いつも喜んで、絶えず祈り、すべてのことについて感謝する。そのキーワードは、「主イエスにあって」だとパウロ先生は伝えています。
イチロー選手は、白球一筋に生きています。パウロ先生は、「生きることは、キリスト」とキリスト一筋に生きて天に召されました。我らも・・・。
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この愛届きましたか?
ルカ2:1

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。

親しい人からの心のこもったプレゼントは嬉しいものです。造り主なる神から最高のプレゼントが贈られてきました。救い主イエス様です。イエス様は、私たちの人生の様々な悩み、重荷から救い出してくださる救い主です。主は、「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」と言われています。
イエス様は、死で終わらない、永遠の命をお与えくださる救い主です。ニュースキャスターの山川千秋さんは、病を通して、救い主イエスと出会い、信じました。永遠の命をいただいた喜びに満ちて、天国に帰っていかれました。その著書「死は終わりではない」に詳しく書かれています。
どうしても必要なことはわずかです
ルカ10:38~42

さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」

ベタニヤ村に、マルタ・マリヤ・ラザロという仲の良い兄弟が住んでいました。イエス様と12人のお弟子たちが訪ねた時の出来事です。マルタとマリヤは、主を喜ばせたいと料理をして待っていました。主が来られ、マリヤは、まず、聖書の話を聞くことを選び、マルタは、台所に行きました。そのうち、マルタは、自分だけが損をしているように思えてきて、主と妹に文句を言いました。そのとき、言われたことばが、「どうしても必要なことはわずかです。」 それは、

(1)優先順位を大切にしないと生活に混乱が起こるということ。

(2)生活の真ん中に、聖書をおくということ。なぜなら、みことばは、我らに命を与え、確信を与えてくれるからです。みことばを土台として生きるなら、苦難多き人生もクリアできます。
愛する者に残したいもの
ヨハネ14:1~6

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。」トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとへ来ることはありません。


我らの救い主イエス・キリストは、七つのものを残してくださいました。

(1)「父の家」(天国)です。

14:2

わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。


(2)「わたしの名」(イエス様のもの)を相続できるということです。

14:13,14

またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。


(3)「わたしの戒め」(生活の心得)。

14:15

もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。



14:21

わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現します


(4)「もうひとりの助け主」です。

14:16

わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。


(5)「わたしの平安」です。

14:27

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。


十字架の苦しみの中でも平安をお持ちになり、地上に残す者たちの行く末を思い計られました。

(6)「わたしの愛の中にとどまりなさい。」

15:9

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。


あなたを愛して、ご自身の命を捨てられたその真実なご愛を見つめて生きることです。

(7)「わたしの喜び」です。

15:11

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。


主イエスは、あなたの存在そのものを喜んでおられます。これらのことに心を留めて日々歩みましょう。
いい人生を送りたい人へ
第一ヨハネ1:1~7

初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、―このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。― 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。
神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。


人って、聞くもの、見るもの、触るものに影響されて生きていると思います。キリストの弟子のヨハネは、怒りっぽい性格でした。しかし、キリストと一緒に暮らす間に、愛の人に変えられてゆきました。
どんな人も、イエス・キリストを信じ受け入れ、この方との交わりを深めてゆけば、ヨハネが変えられたように、愛の人に変えられてゆくと思います。なぜ、イエス様と交わりを深めてゆけば、愛の人に変えられてゆくのでしょうか。それは、この方は、命の源なる創造主だからです。命は、あったかいです。だから、この方に聞き、見、触れてゆきますと、ぬくもりある人に変えられてゆくのです。
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