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神の喜びたもうもの
ホセア6:6
わたしは誠実を喜ぶが、
いけにえは喜ばない。
全焼のいけにえより、
むしろ神を知ることを喜ぶ。

1) 神は、いけにえを、そなえものを求めておられません。わたしたちの砕けた魂を求めておられます。

2) 神を知ることを求めておられます。

3) 感謝の心を持つことを喜ばれます。

 そのためには、常に十字架のイエス様を見続けていることが大切です。
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希望の門
ホセア2:15
わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、
アコルの谷を望みの門としよう。
彼女が若かった日のように、
彼女がエジプトの国から
上って来たときのように、
彼女はその所で答えよう。

 アコルの谷を望みの門とすると約束されています。アコルの谷は、災いの象徴です。死は、人類にとって、最大の災いです。その災いの谷を、神は希望の門にかえて下さるのです。
 ここに人類の希望があります。死を恐れる必要がない。死を忌み嫌うことがない。むしろ、確かな祝福の場所にいく門であるというのです。
 ご存知の通り、なんの罪も汚れもない神の子のイエスさまが、罪人の罪を全部背負い、のろいのシンボルである十字架にかけられて死んだからです。このお方の死により死という忌むべきものから解放され、永遠の命に生きるものになったのです。聖書に、聖徒の死は、神の前に尊いと言われているように、主にある者には、死は天国への凱旋門なのです。
引き裂く手に釘の跡
ホセア6:1
「さあ、主に立ち返ろう。
主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、
私たちを打ったが、
また、包んでくださるからだ。

 着物を作る為には、布地が裂かれます。それと同じように神は、我々に本当の幸福を与える目的で、苦しいところを通されます。
 ヨセフも、母には死に別れ、父とは生き別れ、兄弟たちにはいじめられ、奴隷として売り飛ばされ、無実の罪なのに、牢屋に入れられました。そのように引き裂かれた時が、13年続きました。しかし、「主は、我々を引き裂き、また、いやす」との約束の通り、ヨセフを祝福して、素晴らしく幸福な生涯を与えられました。神は、ヨセフぱかりでなく、その家族、親族に至るまで豊かな結実を与えられました。
 今、我々の家庭は引き裂かれている時かも知れませんが、しかし、同時に神の愛が我々の家庭に注がれていることを覚えたいと思います。

《ちょっと一言》

マタイ7:13
狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。 

 分かっている人は、分かっているだけに、つらい人生を生きてゆくと思う。分からない人は、傷つきもしない、悩みもしないかわりに本当に大切なものをどんどん、失っていっていると思う。私は、分からんまま人生を終わるようなつまらない人生でなく、たとえ悩み、疲れ、傷付いても分かっている心を持って生涯を閉じたいと思っている。
荒野にて
ホセア2:14~15
それゆえ、見よ、わたしは彼女をくどいて
荒野に連れて行き、優しく彼女に語ろう。
わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、
アコルの谷を望みの門としよう。
彼女が若かった日のように、
彼女がエジプトの国から
上って来たときのように、
彼女はその所で答えよう。

人生には、荒野のようにつらい所を通る時がある。
誰もわかってくれない寂しさ、一人とり残された悲しい荒野の時を経験する。
 しかし、荒野に連れて行ったのは、あなたの造り主である神である。神は、そこであなたを訓練し、砕き、育て、有益な器にされるのだ。
 神は、あなたに災いを与えるためではなく、将来と希望と平安を与えるために荒野に導かれる。
 神は、意味なく、あなたを荒野に連れてゆかれない。神は、アコル(災い)の谷を望みの門として下さるのです。
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