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人生の達人
第一テサロニケ5:16~18

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

9年連続200本安打を達成した大リーガーのイチロー選手は、野球の達人です。聖書に登場するキリストの使徒パウロ先生は、人生の達人だと思います。理不尽な目にあい、何度もむちを打たれ、投獄される逆境の中でさえ、神に祈り、神を賛美する生き様は、すごいなーと感動します。逆境の中でも、造り主なる神を賛美し祈る力は、どこから来るのでしょうか。その秘訣が、今日の聖書の箇所にあると思います。いつも喜んで、絶えず祈り、すべてのことについて感謝する。そのキーワードは、「主イエスにあって」だとパウロ先生は伝えています。
イチロー選手は、白球一筋に生きています。パウロ先生は、「生きることは、キリスト」とキリスト一筋に生きて天に召されました。我らも・・・。
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神が望んでおられる事
第1テサロニケ5:16~18
16いつも喜んでいなさい。17絶えず祈りなさい。18すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 我々を造られた神は、私たちにどういうふうに生きることを望んでおられるのでしょうか。

(1)いつも喜んで生きることを望まれています。(16節)神に愛されていることを日々忘れないで生きるとき、喜びに満ちて生きることができるのではないでしょうか。

(2)絶えず祈ることを望んでおられます。(17節)コンスタントに祈るということです。自分の弱さ、罪深さを知ると祈りに向かいます。

(3)すべてのことに感謝にすることを神は我々に望んでおられます。(18節)我々に神はたくさんの恵みを溢れるばかりに注いでくださっています。失ったものを数えないで、恵みを数えながら生活しましょう。そして、忘れてはならないのが、「主にあって」という生活の要のお方の助けです。霊に燃え、主に仕えてまいりましょう。
神が望んでおられること
1テサロニケ5:16~18
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 クリスチャンの特徴の第一は喜びである。罪が赦されたことは主のお陰で、いつも喜んでいられる。
 第二の特徴は、聖霊の助けにより絶えず祈りの生活ができる。
 第三の特徴は、惜しむことなく我々のために御子をお与えくださった愛なる方だから、どんなことも感謝できると思う。「主にあって」が要です。

〈ちょっと一言〉

 今、私は「アンクル トムズ キャビン」という本をお借りして読んでいる。この本が、あのアメリカの汚点であった奴隷の解放のために大変な役割を果たしたことを、アブラハム・リンカーンがこの本の著作者に言っている。
 いい本に出会い、立派な人に出会うことは幸福である。この本を読んで、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉を思い出した。
 そして、たとい真実が通用しない世の中のように見えても、権力に圧迫されても、この著作者のように、真実を叫び続ける声となりたいものですね。
信仰の働き
Iテサロニケ1:1~3
 パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように。
 私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。

 信仰は、神様の側から現実を見て判断してゆくことで、聖書の言葉にしがみ付いて行動する働きをいう。アブラハムの生涯から、信仰は、働かせるものだということを学んだ。

《ちょっと一言》

 ある友に「この本、試練のことばかり書いてあるなあ」と、いささか、うんざりするよぅな口調で言った時。
 その友は、『人間は、試練がなかったら神様を求めないでしょう。けれど、試練に遭わない人なんて、この世にいないでしょう。だから、試練に遭っている人を慰めるこの本は、もっとも良き本だとおもうわ」…・‥と。
 ………なるほど。
愛は労苦するもの
第1テサロニケ1:3
絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。

 本物の愛は、行ないによって裏打ちされる。行ないの伴わない愛は、愛とはいえない。神は、わたしたちを愛している証拠として、神のひとりごを下さった。本当の愛は、痛みがともなっている。 
 そして、再臨への希望の実現に至るまで、わたしたちに必要なものは、忍耐です。

《ちょっと一言》

 イエス様は、いつも真実を見抜く目を持っておられた。それは、イエス様が無欲で、人を怖れなかったからだと三浦綾子さんが、書いておられた。
 無欲に徹するだけでも、なかなか大変だけれども、今年は、これに徹してみようかと思っている。
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