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天的知恵
箴言9:10

主を恐れることは知恵の初め、
聖なる方を知ることは悟りである。

この世を見渡すと、知識人は大勢見受けられますが、人を生かす知恵深い人は、少ないように思えます。
真理を教え、人を生かす知恵は、いったいどうしたら得られるのでしょうか。それは、知恵の源である神から来ます。主を畏れることが知恵の初めです。

(ちょっと一言)

私はずるいから、いつも甘い方へ逃げようとする。また、流されてしまう。ちょっと注意されると、自分なりの言い訳を作って、「こんなにしたんだから、そんなに言わなくても」と、面白くない思いがある。この自我が悩みの種である。十字架にイエスと古き人が死ぬ以外に解決はない。
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これだけは守りたい!
箴言4:23

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。
いのちの泉はこれからわく。

皆さんの人生の中で、これは守りたい、これは守ってやらねばと思っていらっしゃることがおありでしょう。では、聖書は、どういうものを守りなさいと教えているでしょうか。

(1)あなたの心を守れといわれています。私たちの心を守ってくれるのは、聖書のことばです。守られた心は、人を幸せにしてゆきます。

(2)命の冠を守れといわれています。

黙示録3:11

わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと守っていなさい。


この命の冠は、どうすれば守れるのでしょうか。死に至るまで、主に忠実に歩むことです。

(3)神から与えられた賜物・才能を守りなさいといわれています。

マタイ25:14

天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

この才能は、活用することによって守られることになります。裁縫の得意なドルカスは、周りの人の服を作ってあげたりすることにより、主と人に喜ばれる人生を送ったようです。
生活の心得
箴言18:12

人の心の高慢は破滅に先立ち、
謙遜は栄誉に先立つ。

私は、生活の中で、3つのことを自分への訓示としています。

(1)あわてない、ということです。
箴言19:2

熱心だけで知識のないのはよくない。
急ぎ足の者はつまずく。

草花を育てるのも、子育てにおいてもあわてないことです。

(2)あきらめない、ということです。
ルカ11:5~10

また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ』と言ったとします。すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要なものを与えるでしょう。わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

あきらめないで求め続けてゆきますと、必ず道は開けます。

(3)高ぶらない、ということです。
箴言18:12

第一ペテロ5:5~6

同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。
ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。

神の手の中にある土の器に過ぎないという自覚を深めることです。どんなに素晴らしい作品であっても、作者が素晴らしいのです。
こんな親になりたいな!
箴言12:4

しっかりした妻は夫の冠。
恥をもたらす妻は、
夫の骨の中の腐れのようだ。


冠というのは、誉れです。どうしたら、尊敬される者になれるのでしょうか。

1) 誠実に生きられるように努めることです。聖書では、「誠実さを追い求める者は、いのちと正義と誉れを得る」と教えています。約束したことは、守る。子に言ったことは自分も守ってゆく。

2) 天と地との造り主なる神を畏れ敬う敬虔さを身に付けることです。アブラハム・リンカーンのお母さんは、敬虔なクリスチャンでした。リンカーンはその背中を見て育ったので、人のためになる生き方をしました。

3) どんな時でも、そのままを受け入れる包容力を身に付けることです。四季の歌の「冬を愛する人は、心広き人、根雪を溶かす大地のような僕の母親」。広い心で根雪を溶かす親になれるように努めたいものです。
母の願い
箴言31:1~9、30
 マサの王レムエルが母から受けた戒めのことば。
私の子よ、何を言おうか。
私の胎の子よ、何を言おうか。
私の誓願の子よ、何を言おうか。
あなたの力を女に費やすな。
あなたの生き方を
王たちを消し去るものにゆだねるな。
レムエルよ。
酒を飲むことは王のすることではない。
王のすることではない。
「強い酒はどこだ」とは君子の言うことではない。
酒を飲んで勅令を忘れ、
すべて悩む者のさばきを曲げるといけないから。
強い酒は滅びようとしている者に与え、
ぶどう酒は心の痛んでいる者に与えよ。
彼はそれを飲んで自分の貧しさを忘れ、
自分の苦しみをもう思い出さないだろう。
あなたは口のきけない者のために、
また、すべての不幸な人の訴えのために、
口を開け。
口を開いて、正しくさばき、
悩んでいる人や貧しい者の権利を守れ。

麗しさはいつわり。
美しさはむなしい。
しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。

 母の我等への願いは、弱い者の立場に立って自分の人生を消耗してゆく、我子であってほしいということと、外面的な華やかさに憧れるのではなくて、心の深い所から、主を畏れる人になってほしいという願いである。

《ちょっと一言》

 「自分に、してほしいことだけは主張するが、人に何かをしてやることを忘れるような人間では困る。」とある本に書いてあったが、この言葉は、人の自己中心性を表わしている。このことを意識しつつ、何かさせていただきたいと奉仕の精神で生きてゆきましょう。
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