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合言葉
ピリピ4:11

乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。


私たちが無事、天国にたどり着くために、また、有益な人生を歩むために、神は合言葉を与えてくれています。それは、主イエスにあって!足るを知る。「足るを知る」ですから、様々な人生の営みから学習してゆくのです。

二つ目は、主イエスにあって!無駄でない!です。

第一コリント15:58

ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。

汗水たらして労苦したことが、一つも無駄にならないということは、嬉しいことです。主が必ず報いてくださるという約束です。

三つ目は、主イエスにあって!益となる!です。

ローマ8:28

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。


過ち多き人間、失敗しなかった人は一人もいない私たちにとって、すべてを益に変えてくださるということは、破格の恵みです。
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わたしだ 恐れることはない
ヨハネ6:16~21

夕方になって、弟子たちは湖畔に降りて行った。そして、舟に乗り込み、カペナウムのほうへ湖を渡っていた。すでに暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところに来ておられなかった。湖は吹きまくる強風に荒れ始めた。こうして、四、五キロメートルほどこぎ出したころ、彼らは、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、恐れた。しかし、イエスは彼らに言われた。「わたしだ。恐れることはない。」それで彼らは、イエスを喜んで舟に迎えた。舟はほどなく目的の地に着いた。

私たちの人生は、小舟に乗って湖を渡るようなものです。時折、向かい風、横風、大嵐にあいます。弟子たちは、向かい風のため、波に悩まされていたと書いてあります。私たちも、不安という波に悩まされます。病気という不安の波に、失業という不安の波に心騒ぎます。あるいは、横風に悩まされます。嫁からこんなことを言われたとか、姑から意地悪されたとか、様々な人間関係の風当たりに悩まされます。時には、愛する者の突然の死という大嵐にあい、生きる気力さえ失ってしまいます。けれど、私たちの何もかもを知っておられる主は、近づいて来られ、「わたしだ。恐れることはない」と吹き荒れる湖を治めてくださいました。悩む我らに、毎日、「恐れるな!わたしがいる」と言って下さいます。
この道を行こう
エペソ5:1~2

1 ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。2 また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。

私たちの人生には、色々な道があります。でこぼこ道、長い坂道、行き止まりの道。朝目覚めると、誰しも、新しい道が用意されています。どのような道を主は、歩みなさいと教えているでしょうか。

(1)愛の道です。(2節) 愛のうちを歩みなさい。神からいっぱい愛を受けました。そのおすそ分けをしながら歩みましょう。

(2)光の道を歩みましょう。

エペソ5:8

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。

光の子どもらしく歩みなさい。光の道とは、善意、正義、真実の道です。厳しい道ですね。自分は損をしても、人様の益となるような歩み方をしてゆきたいものですね。
最も大事なこと
マタイ7:7~11

求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。

人には、それぞれ大事なものがあり、その大事なものを大事にされてきたと思います。聖書は、私たちに、何が一番大事なものかを教えています。
一つ目は、あなたの命は、造り主によって生かされている命であるということです。エゼキエル18:4で「すべてのいのちはわたしのもの」と神は言われています。
二つ目は、永遠の命を持っているということです。長崎二十六聖人の殉教の姿を見ると、そのことがよくわかります。
三つ目は、イエス・キリストご自身が最も大事なお方です。ヨハネ5:39~40を読むと、聖書は、イエス・キリストについて書かれていることがよくわかります。イエスを持つものは命を持つからです。

ヨハネ5:39~40

あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。

あのダビデ王も、詩篇16:2で、次のように歌っています。

詩篇16:2

私は、主に申し上げました。
「あなたこそ、私の主。
私の幸いは、あなたのほかにはありません。」

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