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劣等感解消法
ルカ19:1~10

それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は,失われた人を捜して救うために来たのです。」


ザアカイは、背が低いことに劣等感を持っていました。私たちは、大なり小なり劣等感を持つ者です。なぜ、劣等感を持つのでしょうか。それは、人と比べているからです。劣等感解消法の一つは、神とベルトをかけて生きることです。ダビデがそうでした。

詩篇16:8

私はいつも、私の前に主を置いた。


二つ目は、主があなたを変えてくださるということです。人は自分で自分を変えられません。だから、悩むのです。落ち込むのです。しかし、主があなたを変えてくださいます。

エゼキエル36:26

あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。


主はシモン(小石)に言いました。あなたはシモンだけど、私はあなたをケパ(ペテロ・大岩)にする、と。
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生活の心得
箴言18:12

人の心の高慢は破滅に先立ち、
謙遜は栄誉に先立つ。

私は、生活の中で、3つのことを自分への訓示としています。

(1)あわてない、ということです。
箴言19:2

熱心だけで知識のないのはよくない。
急ぎ足の者はつまずく。

草花を育てるのも、子育てにおいてもあわてないことです。

(2)あきらめない、ということです。
ルカ11:5~10

また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ』と言ったとします。すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要なものを与えるでしょう。わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

あきらめないで求め続けてゆきますと、必ず道は開けます。

(3)高ぶらない、ということです。
箴言18:12

第一ペテロ5:5~6

同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。
ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。

神の手の中にある土の器に過ぎないという自覚を深めることです。どんなに素晴らしい作品であっても、作者が素晴らしいのです。
私にあるもの
使徒3:1~8

ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。すると,生まれつき足のなえた人が運ばれて来た。この男は、宮に入る人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、彼の右の手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮に入って行った。

この世の人は、万事金の世の中だと思っているが、キリスト者はこの考え方に騙されてはいけない。なぜなら、金の力で、人を真に生かすことはできないからだ。人を真に生かすことができるのは、人を創造された神の力でしかないと思う。ペテロはそのことを知っていたから、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう」と言ったのだと思う。

〈ちょっと一言)

ある人が、意見と反抗とは違うということを教えてくださった。
お互いの考えていることを話し合うことは意見だが、先に何も言わないでおいて、注意されてから後で言うのは反抗である、と。
だから、先に意見を出し合ってベストの道を考えてゆくことに話し合いの意義がある。
ストレス解消法
ルカ10:38~42

さて、彼らが旅を続けているうち、イエスがある村に入られると、マルタという女が喜んで家にお迎えした。彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところが、マルタは、いろいろともてなしのために気が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのでしょうか。私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、1つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」

今、私たちはストレスを持たないでは生きていられないような社会に生きています。あなたにも、さぞかし、様々な要因でストレスがたまっていることでしょう。その解決方法をお伝えします。ここに登場するマルタは、色々ともてなしのためにいらいらし始めています。それで、人に当たりました。けれど、妹のマリヤのほうは、穏やかにイエス様のお話を聞いています。
(1)主の前に座す。まずこれです。
(2)主のみことばに聞き入っていた。心を充電するかのように、聖書の話を吸収していました。
人は、このようにすることにより、新しく力を得て輝くのです。

イザヤ40:27~31

ヤコブよ。なぜ言うのか。
イスラエルよ。なぜ言い張るのか。
「私の道は主に隠れ、
私の正しい訴えは、
私の神に見過ごしにされている」と。
あなたは知らないのか。聞いていないのか。
主は永遠の神、地の果てまで創造された方。
疲れることなく、たゆむことなく、
その英知は測り知れない。
疲れた者には力を与え、
精力のない者には活気を付ける。
若者も疲れ、たゆみ、
若い男もつまずき倒れる。
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、
鷲のように翼をかって上ることができる。
走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

忘れないで
ローマ8:31

神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

聖書の言う「忘れないで」をしっかりと胸に抱いて歩めば、必ず幸せになれますよ、という、解放感をもたらすメッセージです。

(1)神があなたの味方であることを忘れないで。神は、いつもあなたの味方となってくださいます。

(2)神の目にはあなたは高価で尊いと言われています。
イザヤ43:4

わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。

造り主は、あなたをかけがえのないたった一人の者として造られたからです。

(3)神がいつもあなたのことを心配してくださっていることを忘れないで。
詩篇55:22

あなたの重荷を主にゆだねよ。
主は、あなたのことを心配してくださる。

第一ペテロ5:7

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

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