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三つの「してくださること」が有り難い
詩篇23

主は私の羊飼い。
私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、
私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、
それが私の慰めです。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油をそそいでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと
恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。


人生には辛酸が多いです。けれど、天地の造り主が、我々を、こういうふうに守ってくださるから、乗り越えられます。

(1)我々の良い羊飼いとなってお世話にしてくださるから有り難いです。どんなふうにお世話してくださるのでしょうか。それは、緑の牧場に伏させてくださる恵みです。これは、充実した人生に導いてくださるということです。それから、憩いの水のほとりに伴ってくださるということです。これは、心安らかに生きられるということです。

(2) 一生、共に歩んでくださるから心強いです。我々が一番心細く思う、死の陰の谷を歩むときにもです。だから、有り難い気持ちで一杯です。

人生に辛酸多し、されど神は愛なり。
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約束手形
1コリント15:20

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

復活ということは、相手を生かすということですね。死につつある人、弱っている人を生かす力であります。
神は人を愛しておられますので、死で永久に別れてしまうことに耐えられず、我々を何とか永久に生かして共にいたいと思っていらっしゃいます。そこでキリストを死者の中から初穂として復活させられました。これは私たちへの約束手形で、私たちにも復活は現実となります。

〈ちょっと一言〉
「優しい言葉で相手を征服できない人は、いかつい言葉でも征服できない」 ロシアの小説家チェーホフ
優しい人、威張らない人は偉人であると思う。上の言葉をよく考えたい。
人生の海の嵐にあう時
ルカ8:22~25

そのころのある日のこと、イエスは弟子たちといっしょに船に乗り、「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう」と言われた。それで弟子たちは舟を出した。舟で渡っている間にイエスはぐっすり眠ってしまわれた。ところが突風が湖に吹きおろして来たので、弟子たちは水をかぶって危険になった。そこで、彼らは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです」と言った。イエスは、起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。すると風も波も収まり、なぎになった。イエスは彼らに、「あなたがたの信仰はどこにあるのです」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」


私たちの人生に嵐が吹くときがあります。でも大丈夫です。すべてを支配されている主イエスが共におられるからです。そういうメッセージです。イエス様は、弟子たちに「さあ!向こう岸に行こう!」と言われました。向こう岸、つまり天国と受け止めてもいいと思います。私たちは、天国を目指して、人生という大海原にこぎだした舟人のようなものです。

(1)レッツゴー!と主が言われていることが安心のおおもとです。

(2) 突然の嵐にあったとき、ともかくも、主に「助けてください!」と叫ぶことです。主はその祈りに答えて、立ち上がって、嵐をしずめてくださいます。この主をどこまでも信頼してついてゆきましょう。
これで元気ハツラツ!
第一列王18:16~39

そこで、オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会うためにやって来た。アハブがエリヤを見るや、アハブは彼に言った。「これはおまえか。イスラエルを煩わすもの。」エリヤは言った。「私はイスラエルを煩わしません。あなたとあなたの父の家こそそうです。現にあなたがたは主の命令を捨て、あなたはバアルのあとについています。さあ、今、人をやって、カルメル山の私のところに、全イスラエルと、イゼベルの食卓につく四百五十人のバアルの預言者と、四百人のアシュラの預言者とを集めなさい。」
そこで、アハブはイスラエルのすべての人に使いをやり、預言者たちをカルメル山に集めた。エリヤはみなの前に進み出て言った。「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。そこで、エリヤは民に向かって言った。「私ひとりが主の預言者として残っている。しかし、バアルの預言者は四百五十人だ。彼らは、私たちのために、二頭の雄牛を用意せよ。彼らは自分たちで一頭の雄牛を選び、それを切り裂き、たきぎの上に載せよ。彼らは火をつけてはならない。私は、もう一頭の雄牛を同じようにして、たきぎの上に載せ、火をつけないでおく。あなたがたは自分たちの神の名を呼べ。私は主の名を呼ぼう。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。」民はみな答えて、「それがよい」と言った。
エリヤはバアルの預言者たちに言った。「あなたがたで一頭の雄牛を選び、あなたがたのほうからまず始めよ。人数が多いのだから。あなたがたの神の名を呼べ。ただし、火をつけてはならない。」そこで、彼らは与えられた雄牛を取ってそれを整え、朝から真昼までバアルの名を呼んで言った。「バアルよ。私たちに答えてください。」しかし、何の声もなく、答える者もなかった。そこで彼らは、自分たちの造った祭壇のあたりを、踊り回った。真昼になると、エリヤは彼らをあざけって言った。「もっと大きな声で呼んでみよ。彼は神なのだから。きっと何かに没頭しているか、席をはずしているか、旅に出ているのだろう。もしかすると、寝ているのかもしれないから、起こしたらよかろう。」彼らはますます大きな声で呼ばわり、彼らのならわしに従って、剣や槍で血を流すまで自分たちの身を傷つけた。このようにして、昼も過ぎ、ささげ物をささげる時まで騒ぎ立てたが、何の声もなく、答える者もなく、注意を払う者もなかった。
エリヤが民全体に、「私のそばに近寄りなさい」と言ったので、民はみな彼に近寄った。それから、彼はこわれていた主の祭壇を建て直した。エリヤは、主がかつて、「あなたの名はイスラエルとなる」と言われたヤコブの子らの部族の数にしたがって十二の石を取った。その石で彼は主の名によって一つの祭壇を築き、その祭壇の回りに、二セアの種を入れるほどのみぞを掘った。ついで彼は、たきぎを並べ、一頭の雄牛を切り裂き、それをたきぎの上に載せ、「四つのかめに水を満たし、この全焼のいけにえと、このたきぎの上に注げ」と命じた。ついで「それを二度せよ」と言ったので、彼らは二度そうした。そのうえに、彼は、「三度せよ」と言ったので、彼らは三度そうした。水は祭壇の回りに流れ出した。彼はみぞにも水これをを満たした。
ささげ物をささげるころになると、預言者エリヤは進み出て言った。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルにおいて神であり、私があなたのしもべであり、あなたのみことばによって私がこれらのすべての事を行ったということが、きょう、明らかになりますように。私に答えてください。主よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、主よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください。」すると、主の火が降って来て、全焼のいけにえと、たきぎと、石と、ちりとを焼き尽くし、みぞの水もなめ尽くしてしまった。民はみな、これを見て、ひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。


日ごろ、色々なことで、ばて気味な者も、厳しい世の中を生き抜くのに困窮している私たちも、聖書の勧めるこれを飲めば元気ハツラツになります。

(1)態度をはっきりとすること。

「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。」しかし、民は一言も彼に答えなかった。

天地の造り主につくのか、バアルという当時の新興宗教につくのかハッキリすること。自分の人生を支えてくれる確かな方に生涯ついていきましょう。

(2)こわれている神との関係・人との関係をなおすこと。天から火を降す神こそ生きておられるまことの神です。火というのは、勢い・力を示します。火が降るために、預言者エリヤがしたことは、崩れていた祭壇をなおすことでした。我々もこわれている関係をなおせば、勢いよく火は降ります。
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