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クリスチャンの三つの基本認識
ピリピ3:13
兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

1)我々は、神によって生かされている被造物である。
命を、私物化してはいけない。

2)天国が、目的地である.
後の世に持っていけない物の為に、一生懸命になるな。

3) 未来の審判の時に備えよ。
この時に信仰者の幸いと不信仰者の災いが明らかになる。

《ちょっと一言》

 放蕩の心とは、自分の気持ちの方を大切にして相手の気持ちをないがしろにする心である。      
 ある娘さんに、ルカ15章の放蕩息子の話をした時、「その男の人、情けない人ね。自分が勝手に出て来たんやから、私やったら死んでも帰らんわ」と言われた。
 そのことを、ある先生に話すと「それが放蕩の心なんだよ」と教えられた。「自分はそれで良いかも知れないが、親の気持ちを考えてごらんなさい」と。
 自分なんかいないほうが、親の為になるという思い。
 つくづくと我心にある放蕩の心を悲しむ。
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