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キリスト者生活とは
ガラテヤ4:7
ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

1節~3節 律法のもとにある人間の状態

4:1~3
ところが、相続人というものは、全財産の持ち主なのに、子どものうちは、奴隷と少しも違わず、父の定めた日までは、後見人や管理者の下にあります。私たちもそれと同じで、まだ小さかった時には、この世の幼稚な教えの下に奴隷となっていました。

4節~7節 キリストにある人間の状態

4:4~7
しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。

 律法の下で、奴隷のように苦しい生活をしていた我々を、主がご自分の命を支払って、買い戻して自由の身分として下さったのです。
 神の子の身分の幸い。神を父としてしたしく祈れる幸い。

30節
しかし、聖書は何と言っていますか。「奴隷の女とその子どもを追い出せ。奴隷の女の子どもは決して自由の女の子どもとともに相続人になってはならない。」

 「聖書は何と言っていますか。」これが、すべての我々の人生の道標として重んじられているでしょうか。

《ちょっと一言》

 わたしたちは、世慣れてくると、良心が麻痺し、世と妥協し、世と歩調を合わせて生活している。それを、しばしばキリスト者の寛容であると錯覚している思いが強いのではないでしょうか。
 人の悪を見て、見て見ぬふりをすることが寛容ではなく、その人が悪から離れてゆく為の最善の努力を惜しまない温かさが寛容であると私は思う。
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