十字架につけられたキリスト
第一コリント1:18
 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

 あの博学で、聖書知識に精通していたパウロが、上の言葉を言っていることを思うとき、パウロの心の中に、並々ならぬ決意がうかがえる。キリスト教にも根本と枝葉のことがある。キリスト教の根本は、主イエスによる愛とゆるしである。枝葉のことで争いやすい我々に対して、十字架につけられたキリストのほかは何も知るまいと決意したパウロの胸の内を知りたいと思う。

《ちょっと一言》

 私は、丸暗記は強いほうで、そんな科目は良かったけれど、数学の応用問題は、ゼロに近かった。
 人生においても、模倣の天才と言われるほど、言われたことはやる人間であるが、悲しいことに、丸暗記も、人生のほうも身についていないので、豊かな心が三日と続かない。どうしたら直るのか。良いことの一挙手一投足をじっと見て、身体で覚えることだと思う。

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