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これならやれそうだ!
創世記 9:20~21

さて、ノアは、ぶどう畑を作り始めた農夫であった。ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

なぜ、こんな箇所を選んだかというと、こういう人でも、親として、信仰者としてやってゆけたのかと親近感を持ったからです。それなら、劣等生の私でも、「これならやれそうだ」「これならやってみたい」と思ったからです。
親というのは、木の上に立って見ると書きます。少し上から見ますと、視野が広くなります。近視眼的に物事を見ないで、全体的に物事を見ることができるということでしょうか。親として、「あそこに行こうよ!」と言える者にはなれそうです。

ピリピ3:14

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

二つ目。いつでも、どんな時でも、神により頼む親にはなれそうです。

第一テモテ2:8

ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。


三つ目。目線を低くしたいと思いました。

エペソ6:4

父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。


いい親子関係を築くために、目線を低くすることが理解することになるからです。
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