FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ピリピ3:13~14

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

聖書は、人生についてどう教えているだろうか。

(1)マラソン競技にたとえている。パウロ先生も、神の栄冠を得るためにひたすら走っていると言っている。

(2)花にたとえている。

マタイ6:28~30

なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。


花はみな、置かれた所で、自分に与えられた花の色を、上を向いて、精一杯咲かせています。

(3)家にたとえている。
マタイ7:24~25

だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

イエス様は、家を指差しながら、土台が大事であると話された。その土台は、弟子のペテロが言った、「あなたこそ、活ける神の子キリスト(救い主)です」。この方こそ、我々の人生を支えてくださる、堅固な土台です。
スポンサーサイト

Comment

管理人にのみ表示する


Track Back
TB*URL

Copyright © 人生と聖書. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。